2006年09月11日

一睡もできない……

H17.10月

 長女の言葉にパニックを起こした私は、それでも、何とか落ち着こうと努力をしました。でも、いつもの抗うつ剤と抗不安薬を飲んでも、胸のどきどきは止まりません。心臓のあたりが痛みます。あまりのどきどきに、心臓が口から飛び出るんじゃないかと思ったほどです。

 私はそれまでは、夜は何とか、睡眠薬を飲んで、4〜5時間以上は眠れていたのですが、その日の夜から、いつもの睡眠薬を飲んでも、全く眠れなくなってしまいました。

 昼間は昼間で、過眠状態で、眠くて体がだるくて、なかなか動けない状態だったのが、家中のお掃除を始めてしまうくらい興奮してしまいました。  それまでお掃除できなかった、キッチン、2階の子供部屋。廊下、居間、
トイレ、お風呂と、毎日毎日、夜は眠れずまんじりともできず、朝になると食事もとらずに大掃除です。

 自分がおかしい。変だ。そう思って、かかりつけの心療内科の先生のところへ。先生は私の話をよく聞いてくださり、「とにかく、落ち着いて対処してくださいね。」と言ってくれました。

 「そうだ。落ち着いて。落ち着いて…。」と思うのですが、誰に相談ができるものでもなく、私は、ある晩、真っ暗な湖に向かって車を走らせました。自分で行った事もない湖です。ましてや夜。真っ暗な山道。人っ子一人いない。街灯も無い。すれ違う車もいない。途中のコンビニでカッターを買った。車ごと飛び込めば死ねるだろう。そう思ってのこと。

 でも、その暗闇が怖くて、引き返していました。スタンドでガソリンを少しだけ入れて今度は、高速道路に乗りました。生まれて始めて高速道路を自分の運転で走りました。まだ私たちの時代は高速道路の講習は無かったものですから…。

 スピードを上げます。70q、80q、90q。初めてのスピード。100キロメートルに達した時、次のカーブで曲がらなければ死ねる。そう思いました。でもその時、後ろから来る車のライトがバックミラーにうつりました。「そうだ、後ろの車の人に迷惑をかけてはいけない。その人にだって家族がいるはず…」私は次のパーキングで車を止めました。

 せめて最後に、娘達の声を聞きたかったからです。でも、携帯は持ってきていないし…。手持ちのお金も少ない…。でも、電話をして娘の声を聞きました。「ママ、どこにいるの?帰ってきて。」二人は泣いています。その電話の向こうで、元夫は、「もういい加減に帰って来いよ。何時だと思ってるんだよ。おれは明日仕事なんだよ。もっとちゃんとしてくれよ。」と、いつものように怒っています。私の嫌いな怒鳴り声がします。

 その声を聞いて私が娘たちに最後の別れの言葉を言うと、二人の娘はどうしても帰って欲しい。と泣きながら懇願するのです。小銭がなくなり電話は切れました。

 それからしばらく私は車の中で睡眠薬を少し飲んだり、安定剤を飲んだり、手首に傷をつけたりしましたが、やはり娘の事が心配になり、高速を降りてユーターンし、やっとの事で家にたどり着きました。

 起きて待っていてくれたのは娘達だけでした。もうすでに夫は私の事を思ってくれていないということがまざまざと分かりました。娘たちが寝た後も、私は一人、眠れぬ夜を過ごしました。どきどきして止まらない心臓の音と、ずきずきして痛い左手首だけが私が生きている証でした。byゆい
posted by ゆい at 18:24| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月05日

夫の一言……

H17.10月

 長女の様子が変だ。何か私に言いたそうにしているが、何かが引っかかっていて、言い出せない様子。

 「どうしたの。何かあった?言ってごらん。」

私は長女を促すように、台所のシンクのドアを背に座った。長女も私の隣に座った。

 私が顔をのぞくと、ちょっと下を向いて、唇を噛み締めている。
 
 「言ってごらん。言わなきゃ分からないんだよ。日本人はあうんの呼吸なんていうけど、言葉に出さなければ分からない事が沢山あるの。これからはそういう時代なんだよ。」

 私の言葉に長女は意を決したように、重い口を開いた。

「あのね。父(小さな頃はパパと言っていたが、中学に入った頃から気恥ずかしくなったのか、父親の事をそう呼んでいる。)がね、夕べママが寝た後、私と一緒にテレビを見ていたんだけど…。私たちが成人したら、ママと離婚するって。」

 私は思いもよらない長女の言葉に唖然とした。頭をハンマーでガツーンと殴られたような感じだった。胸にやいばが刺さった感覚。とたんに私の心臓の動悸が激しくなった。息ができない。口が渇いて声が出ない。私の時間が止まった。

 しばらくして長女が「ママ、大丈夫?」と声をかけてくれた。私はやっとのことで「う、うん。大丈夫。」と言って、お夕飯の支度にかかった。

 でも、自分でも何をどうしているのか覚えていない。それが私の離婚劇の始まりです。

 私は今、他のブログ(「うつ病闘病記(ゆいの場合)」)で、今の生活のブログを書いていますが、これからこちらのブログでは、離婚から今までのとてもつらかった経験を書いていこうと思います。今も当時を思い出すと動悸がして、涙があふれてきますが、私は書き続けます。

 どうか、こんなちっぽけな私を見守ってください。byゆい
posted by ゆい at 18:11| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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